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心の闇のありし者
投稿日時 2021-2-11 0:00:00
執筆者 taiwa2
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2月9日、謹行893日目。
小雪の舞う寒い日となった。
自修行なし神社へ。
トラベル社員が参行した。
奉仕の心を喜ばしく思う。
問題男性の心を喝破し英断する。
迷妄我執の念はやはり恐ろしきものと知る。
まだ何かを引きずっている。
12日午前1時よりの福神招福祭の式内容について指示をする。
儀式のみとするが賢明なようであるが決断せねばない。
翌10日、謹行894日目。
実務教座にて一人の男性教師の一連の行為について精神解析をした。
教師等が人を導き救う為でもある。
心の闇のありし者は通常では考えが及ばぬ姿がある。
脳神経の受け入れにもである。
それを少しく覚り得る力が必要である。
大神は心づくり、人づくりの深き見識を厳しく諭している。
大国主大神の御修錬が如きを私に拝しているを感体するばかりである。
教団運営の道にありても、肝心な人を倒すごとにて『どうする汝よ』と
これまでになき大なる道の険しきを与えしなりを覚るものである。
乗り越えられるか否かを試されている。
負けてなるかと自らに檄を飛ばし奮い立たせている。
努力に努力をすれば必ず道が開けることを信念する。
令和三年二月十日 教主
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