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信心の力と医療の力
投稿日時 2021-10-30 0:00:00
執筆者 taiwa2
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10月29日、これまでより少し痒みが治まっているような感じがする。
医師の指導にて昨日も帰宅なし湯に浸り、体を石鹸を用いて静かに洗う。
私は何十年も丁寧に体を洗うはしてこなかった。
入水が多く余り洗わずであった。
やはりこれも菌をもつ因となりしかと。
さっぱりした後に2種調合の塗り薬をぬる。
これも沢山塗るの指導ありてである。
今朝から生活のリズムを変えることにご神許を拝し、ゆるりとした朝の時間帯となった。
神社へ出仕、朝会は数日の様子を見ることになった。
起床時間は余り変わらぬも神社出向の3時間をゆったりと体の保全にかけられることになる。
体を丁寧に洗い、湯に浸り、水シャワーで清むるだけでも小一時間を要した。
昨晩の資料に目を通し、職員にFAX指示す。
祈りの間にて拝神、神託をす。
各部所員からの電話を受け指示す。
教母に薬を塗る手助けを受ける。
下着を身につけるに塗り薬が肌に粘りて着づらいを知る。
何かと厄介ではある。
神和殿にて鎮魂を行修、11時より山より鏡君が来て一時間ほど記念品発注の打ち合わせをする。
仕事の細やかなる気づきをもって展開する仕事の仕方を此度の件を例にとりて指導す。
昨日の病院での夫々の担当の人の言葉の紛らわしきにて無駄に他所へ行かせられたり、待ったりともなる。
教団もその如きの多きを改善すべきをも訓戒指導す。
立教例大祭からの大切な祭事行事が続く。
皆がよき責任感を持たねばない。
今日は長々と我が身上の患いを記させて頂いた。
このような姿が大和信仰の力にてどう変化するかを告知するものである。
信心の力と医療の力にてである。
医療の力に神通力が加われば薬の力に威を増すものとなる。
診断にも過つことはなくなるものである。
そして、早い回復ともなる。
令和三年十月二十九日 教主
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