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宇宙真理に叶うべくの合祀墓
投稿日時 2024-7-8 0:00:00
執筆者 taiwa2
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7月7日、自修行早目とす。
8時50分、宮城霊園斎場へ出立す。
駐車場にてビデオ撮影業者さん、斎場前では音響業者さんと挨拶を交す。
教師の皆の挨拶を受く。
荻野さん、斎藤家、半澤家の奥都城に手を合わす。
テント舗設の位置が私の指導の如きに非ず。
胡床の位置を可能な限り前に移す。
靴の脱ぎ場のスペースも全くなかった。
奥都城にても御遺骸・御霊石の納めし道具の位置も正ならず。
心穏かとするに少々難儀す。
何日になったら脳回路が健全になるのかと。
10時25分より、参進、開祭となる。
修祓、清祓之儀、祝詞奏上、埋納之儀、玉串拝礼、教主教話、集合写真撮影と式次第にのり遂行される。
雨落つることなきは守られしも真夏日の炎天下となりての30分余の祝詞奏上の祈り、1時間余の儀式はかなり身に堪えた。
我が気力、体力、霊力を乞い祈みながらの斎主奉仕となった。
儀式終りて、テント内の参列者の前に進み出で、「大和帰神合祀墓」の由縁と真義を少し解かせて頂いた。
皆さんの考えている墓では全くなきことを。
宇宙真理に叶うべくの合祀墓なるを。
大國神社に帰山、参集殿レストランにて直会を催行す。
3人の篤信者の方には大神様の大御心にての金の大物生大神の御神像を授与させて頂いた。
嗣親、宮城霊園庄子課長、庭師の大沼さん等のご挨拶も賜り、
石塔揮毫を願った遠藤柳泉先生のご紹介、ご挨拶を願い、結びに総長の挨拶、献杯をもって直会に入った。
料理も大変美味しく頂いた。
私は少々体調思わしくなく退席、下山させて頂いた。
日射病の類かと。これも初めての体験であった。
天候にも皆さんの笑顔にも、そして教職員の数日間の事前奉仕にも心より感謝申し上げるものである。
ご神導に拝謝せん。
有り難き一日となった。
令和六年七月七日 教主
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