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義兄の納骨之儀
投稿日時 2026-3-21 0:00:00
執筆者 taiwa2
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3月19日、自修行早目とする。
8時半、事務総長の迎えにて宮城霊園へ。
階段昇るに少々難儀す。
教務総長外祭員は準備を終えて控えていた。
半澤家、大和帰神墓、縁故墓を拝す。
後、義兄の納骨之儀が斎行され、亡骸が埋納される。
この後、大國神社祖霊殿にて五十日祭が斎行、これで一切の葬之儀が終了となった。
祭員の皆に御礼を申し上げ、今日の儀式について私より数点教導す。
帰庁なし食事を頂く。
久しぶりにてお蕎麦を食す。
事務整理なし、潔斎、謹行、日課に入る。
午前1時に床につく。
翌20日、自修行常の如し。
朝に鏡君に連絡し、22日の慰霊祭での御霊様に供える御鈴の奉り方の確認の為、時間を11時にした。
総長より称号書FAXとのことにて確認よしとす。
教務部長より称号書に御礼あり、10時30分神社へ。
祈祷殿にて企画3人と御鈴の奉り方を検分、皆と検討、御霊様の御満足を頂けるように少しでも努めるを申し合わす。
信奉者の石宮奉献の現状検分、大変素晴らしいものとなった。
北朝鮮拉致者救済「救う会の役員」でもある看板業者さんと賽銭箱の御神名シートを貼るべく打合せ確認。
後、しだれ桜の移植も無事終りしを見届け、企画3人と22日の祭儀次第のこと、通常の仕事の仕方など再確認、教導、奥都城を拝し、帰庁す。
22日の祭儀典儀所役の教師に典儀次第の要項を記しFAX、後、電話を受け教導す。
話し方は大分向上していた。
テレビでは高市首相と米トランプ大統領との会談の模様が報道されていた。
まずは無難であったようだが、今後、米国支援の内容が詰められるであろうが。
夕刻より潔斎、謹行、日課に入る。
令和八年三月二十日 教主
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