教主様のお言葉 - taiwa2さんのエントリ |
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最新エントリ
2011/12/24
カテゴリ: Miscellaneous :
執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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十二月二十二日、午前零時より冬至星祭が斎行された。 雪が降り出し除雪車を動かすことにもなった。 それでも儀式は滞りなく行修されたことは誠に有り難きことであった。 私をはじめ祭員は長靴を履いての奉仕であった。 全山淡雪に包まれた大市山は美しいものであった。 天火を山上より祭場に送火するその状は 正に天空よりの御神火そのものと感動するものである。 参列者一同一時間に及ぶ祈りをなした。 厳しい寒さの中での謹行である。 本年も3100名余のご祈願を奉行させて頂いた。 来年も予断を許さない年となるであろう。 それなりの準備は常に心得ておかなくてはならない。 寒中の奉仕、参列に感謝したい。 儀式後、寝る間もなく私は教報の校正を行い、 8時より六奉行会において指導をなし、 10時より引き続き本年結びの職員会・教化会をもってしめさせて頂いた。 これからが教師の人たちはフル活動に入る。 ガンバレ!タイワマン!!である。 平成二十三年十二月二十三日 教主 |
2011/12/22
カテゴリ: Miscellaneous :
執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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十二月二十日、二人の教師の因縁解除の御霊鎮魂神事を執行した。 二時間に及ぶ秘神事であった。一人には厳しい霊障が現れていたという。 霊界の御霊等の様々な想いを和め鎮めなくてはならない。 この現界では思うように生きる事の出来ない事象が多々あるものである。 御神導御神助を拝し奉りて道開くことを乞い祈むものであった。 北朝鮮の国はこれからどのような道を歩むのであろうか。 金正日と同じ道を歩むのか。国際社会に入る道を選ぶのか。 核を保有する強味で国際社会を取ってきたと云えよう。 韓国に突然砲撃を喰らわせ多くの死傷者を出しても 何らの制裁を加えられないのは日本と同じようなものである。 悪しき行為にも厳しく対応対処出来得ぬ不可解さがある。 反面、核なき国は徹底的に破壊するのは一体どうしたものかと思う。 弱者にのみ鉄槌を喰らわすばかりの国際社会なのか。 自国の利益のみの国際社会協調なれば早晩崩れ落ちるであろうものと 思考するのは私一人ではないであろう。 平成二十三年十二月二十一日 教主 |
2011/12/21
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執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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十二月十九日、登米市の迫町へ地鎮祭・五行神器埋納之儀式・奉還祭を奉仕した。 小牛田支教会長の導きにての是非ともの出仕であった。 祖父は日蓮宗系の祈祷師でもあったという。 建築施工業者さんは毎年神社にて新年祈祷を100人程にて受けられる業者さんであった。 これも一つの御縁であろう。 地鎮祭は暖かな陽が差していたが、奉還祭の時には寒さが増してきた。 そのような中で滞りなく奉仕させて頂いた。 此度の震災に遭って建築を決心したという。 息子さんが父親と鉄工所を営み、大変忙しいという。 しっかりした青年であった。4月に完成という。 災いなきことを祈るものであった。 帰宅すると金正日総書記死去の報を教母より聞く。 テレビをつけるとどのチャンネルもその番組であった。 世界稀に見る悪しき独裁者の一人である。 三男の正恩なるが後継者となったという。 名物キャスターもブラウン管に出てきた。 どうなる北朝鮮。そして我が日本の対応や如何にではある。 平成二十三年十二月二十日 教主 |
2011/12/19
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執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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十二月十七日、ようやく教報・大和の光の新年号の原稿を書き上げた。 明朝は一年の御神託記の序文を書き上げなくてはならない。 祭事神事が続き、なかなかハードな日程の中で、正直気が焦り気味となる。 これからも師走、新年と忙しい時期を迎える。 16日は仙台も初積雪をみて、17日の朝は一面の雪化粧となった。 新雪の美しく清らかな雪景色に清められる。 朝二時過ぎの空気は凛として身が引き締まる。 天空を仰げば月が輝き星も輝いている。 私はこの時期も大好きな時期の一つである。 嗣親も岩本君も朝の行に励んでいる。 嗣親は新宗連青年会委員長の勇退ということで、16日は大いに楽しんできたらしい。 5年間の奉仕であった。 皆の引き立てに預かりしを感謝したい。 暖炉に火を灯す。薪の火は優しい。 震災時に大いに働いてくれた暖炉であった。 道具も扱い方を知らなければ死に体である。 私もまだまだ未熟者なるを痛感するものなり。 一切を生かさなくてはならない。 平成二十三年十二月十八日 教主 |
2011/12/18
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執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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十二月十六日、野田佳彦首相は福島原発事故について 「原子炉は冷温停止状態に達し、事故そのものが収束に至ったと判断できる」 と述べ、事故収束工程表『ステップ2』の完了を宣言したとの報道があった。 いずれにしても明るい報ではある。 ここまで来るのにどれだけの人が、どれほどの厳しい環境下のもとで 従事されてきたかを感得しなくてはならない。 関係者に無条件で感謝である。 その反面、マンション10階より父親が自分の幼児を放り投げたという事件もあった。 植込みに落ちて九死に一生を得たそうだ。 母親、父親による我が子への虐待報道が続いている。 生命の尊さの教育、躾がなされていない所以である。 日本人の殊に青少年の心が荒んでしまった原因はどこにあるのだろうか。 当たり前に育つ環境が当たり前でなくなったところに問題がある。 私達が育った家庭、学校、社会も消失していることに気付かないままにきてしまった。 意識の変革がなされなかったのである。 人間の脳意識とはそんなものなのである。 平成二十三年十二月十七日 教主 |
2011/12/13
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執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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十二月十一日、大和神道秋之宮道場開所御鎮座祭斎行の為に、 昨日に引き続き出向した。 鳴子辺りで美しい虹のアーチに迎えられた。有り難きことである。 天の祝福を頂いた思いである。 進むにつれ雨となり、山に入ると雪になり、天候が心配されたが 秋之宮に入ると雪も止んで美しい雪化粧の自然に包まれた。 責任者である鈴木理知子教師をはじめ、 信奉者の皆が朝早くから準備にかけつけてくれた。 10時より清祓いをなし、11時より儀式斎行となった。 40人程の人が参集し、地元の人も参列下されたことは、 誠に有り難いことであった。 新雪に清められ、新しき出発である。 大和神道の道場としての開所は、先月12日の東京・板橋道場に続いて 二番目の開所となった。 本教団の支部結成と共に、道場の数も次々と開所されるものと楽しみではある。 教会と道場の冠称が夫々の地区に相応しい形で開所されていくことを 乞い希うものである。 御神導の任に大和の神光が差し染められし感謝の日となった。 教信奉者の皆と今日の喜びを共有共感のできたことを 有り難く感謝するものである。 わずか5日間で準備をして開所となったことは、正に神業であろう。 大神様の神威を蒙りての神事であったことを悟證すものである。 平成二十三年十二月十二日 教主 |
2011/12/12
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執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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十二月十日、秋之宮道場を開所するための神壇舗設に職員4人を伴って、 トラック、バン、乗用車の3台で出向した。 なかなか大掛かりな舗設となった。 当初は簡易なものをと思っていたが、御神導に添って揃えていくにつれて、 立派な神壇が造られていった。 奇毘なる大神の大御心を拝すものであった。 屋棟の建具を損なうことなく壁代を取り付けることに、 加藤特務室長の才が際立った。見事な創意工夫であった。 お蔭で立派な神壇が舗設された。 10時より事始めて、午後4時過ぎまでかかったが、 秋之宮関係者の皆が奉仕して下さり、大助かりであった。 大和神道秋之宮道場と称え、大和の光を射放つものである。 神室神山の懐に抱かれた道場である。 この道場を拠点に秋田・岩手・山形への動きが活性化されるであろうことを 予兆するものである。 満月の美しい月を眺めながら帰路についた。 奉仕者の皆に感謝するものである。 平成二十三年十二月十一日 教主 |
2011/12/08
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執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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十二月六日、秋田県秋の宮に出向した。 仙秋街道の県境を越えると道端には薄らと雪が残っていた。 山並も雪化粧されつつある。冬到来の実感をする。 釣り吉三平のロケ地の川を渡り、神室山の麓の地に私は初めて立った。 神縁ありて大和神道秋ノ宮道場開所となる。 支部長さん等が出迎えて下された。 皆さんの明るい声、表情が嬉しく有り難い。 数日かけて綺麗に屋敷を清掃して下されていた。 本当に有り難いことである。 しっかりした家構えの立派な家であった。 神室山という神山の登山口にある屋敷でもある。 60世帯の集落という。山の水を利用しているそうだ。 神壇舗設を検討し、畳やガラス戸の交換も願った。 神室山大神の御力も添え給いて、この集落の方々をはじめ 秋田の人々の心の拠り所としての道場としていきたい。 想えば三年余の紆余曲折あっての開所御鎮座となる。 10日に神壇舗設をし、11日に神祭斎行の予定である。 関係者に心より感謝申し上げるばかりである。 平成二十三年十二月七日 教主 |
2011/12/06
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執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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十二月四日、強風により御本殿にて行われる予定であった生誕祭は 祈祷殿に変更を余儀なくされた。 この御山は殊に風の強き場所がある。用心に越したことはない。 10時より儀式斎行、11時過ぎ頃より式典、祝賀会と 午後2時までの4時間余を皆さんと楽しい時間を共有させて頂いたことは 大変有り難いことであった。 94歳になられた最高顧問の川原悟先生も式典より祝賀会の終わりまで参席された。 開祖様を只管信じ、教団や信仰者の為の法律上の対応をなされ、 貢献されてこられた方でもある。 この誕生会が一年でも長く続けられることを参会者一同で祈るものであった。 青年教師等による『大和マン』の歌は絶妙であり、抱腹絶倒であった。 楽しいことはよいことである。 震災の苦も少し楽になればとの思いである。 悲喜こもごもの想いあるも、苦しみ悲しみは神様に受け取り頂き、 生きる力を神様から頂く会ともなった。 参会者の皆さんに心より感謝申し上げるものである。 平成二十三年十二月五日 教主 |
2011/12/03
カテゴリ: Miscellaneous :
執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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十二月一日早朝、町の文化財に指定されている家屋が残る屋敷の清祓いを 奉仕させて頂くために千葉県市川市へ向かった。 市川市に行くのは初めてである。 昼前に現地に到着すると、650〜700坪はあろうかという大きな屋敷であった。 昔、塩を作っていたという。 その家系存続の為にも種々の神事を執行させて頂いた。 ご家族皆お揃いでの神祭となり、神人幸栄う日となった。 冷たい風の中であったが、皆さんの温かい心に触れてよろしき一日を送らせて頂いた。 長男さん、次男さん夫々世帯を持ち、長男さんにはほどなく赤ちゃんが誕生するという。 次男さんも今年女の子が生まれており、この一家にとっては 二人の赤ちゃんが授かりし年となり、誠に芽出度きことである。 一家の繁栄を乞い願うものである。 今日も帰宅は遅くなりしも、心地よい疲労感ではある。 平成二十三年十二月二日 教主 |