教主様のお言葉 - 最新エントリ |
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最新エントリ
2025/04/09
カテゴリ: Miscellaneous :
執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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4月8日、自修行常の如し。 総長より私の経歴書の中での大学卒43年度とあるは44年3月卒となるとのこと。 私は43年3月卒との考え違いとの指摘あり。 話を聞きてなるほどと合点す。 6日の開教祭での私の講演をCDにて改めて聴くと誠に穏やかなる口調にて、 開教神宣の御教えより心、魂と身との太陽・地球、月と況ゆる太陽系宇宙との関縁を解析。 その後、開祖様が神ながらの道に入る縁を『開祖様の歩み』の小誌を紐解きながら1時間余の話であった。 私の話は神の任ににて、自分自身、後で聴くと大変学ぶところとなる。 私は信仰者の皆に『大和は宇宙真理を実践する教えである』と。 正にその一端を語るものであった。 そして、開祖様の偉大さをもではある。 少しく信仰者をはじめ、次代を担う教師等に残す為ではあるが。 我れながら有り難き講演であった。 御神導に拝謝すものである。 また、即座の横尾君の編集に感謝である。 孫娘が高等学校の入学式に出かける。 よい学校生活を送ってほしいものである。 夕刻より謹行他に入る。 令和七年四月八日 教主 |
2025/04/08
カテゴリ: Miscellaneous :
執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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4月7日、自修行常の如し。 一夜明けて昨日の疲れもなく、すっきりとした朝を迎う。 朝食後は教歌を起す。 4日ぶりとなった。 毎日6首起すは思ったほど容易ではないことを。 それでも今日は12首ほど起す。 これまでの私自身の身上のことを引き続きまとめおかねばないものとの想いが湧き出している。 もう夕刻である。 潔斎なし、謹行に入る。 行終わりて書斎へ。 資料検分、神社にグループホーム30名余の人が参集殿レストランでは弁当を食し、 トイレで用を足し、本殿参拝されたという。 桜が咲かずに残念がっていたとか。 元教団職員の奥さんも来ていたとか。 祈り間にて今日一日の感謝の祈りを捧ぐ。 令和七年四月七日 教主 |
2025/04/07
カテゴリ: Miscellaneous :
執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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4月6日、自修行常の如し。 今日は終日天候よろしとなった。 9時半より神変社にて嗣親改め教務総長が斎主を仕え、副斎主として教務部長が神変御下駄禁厭祈祷を、同じく祭儀部次長が火祭祈祷を斎行す。 11時よりは予定通り祈祷殿にて開教祭が開祭された。 引き続き11時45分より13時まで『開祖様、神ながらの道に入る』と題してお話させて頂いた。 久しぶりにて1時間余も立ちての講演で腰がかなり痛苦しくなった。 それでも宇宙と私たち生命との関わり、開祖様のご生誕より神の道に入るきっかけから8年間の修行時代を皆さんにお話させて頂いた。 皆さんも感動大であったようだ。 この後、特別室で2時間程、助勤者である教務総長、事務総長、教務部長、教化部次長に、敬一郎さんの遺品の笏を、 祝詞などを書き記めしノート2冊、葬儀の数多の人々の行列の写真、開祖様と父親の結婚の記念写真を回示す。 父親の口髭をたくわえた端正なお顔立ちに好男子を見るものであった。 開祖様もふくよかなお顔立ちの写真であった。 我が子教務総長も初めて見るものであった。 次に私の誕生より平成6年までの人生の歩みを年表にしたものも回示した。 皆も驚きの状で見入り、私の話を聞かれていた。 神の道への厳しき修行をも伝えおきしものとした。 そして、後に続けの志しをもてとの意をも含みてのことではあるが。 後、神明奉仕の導きを、自ら求めるの誘導をなした。 午後4時過ぎに帰宅なし、どっと疲れが出てくるの感じであった。 しばらくリビングのソファに座し、寛ぐ。 5時半より潔斎、謹行に入る。 今日の神祭日に有り難く感謝すものである。 令和七年四月六日 教主 |
2025/04/06
カテゴリ: Miscellaneous :
執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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4月5日、自修行常の如し。 朝食前に横尾君に随想記の5月号よりの分、編集の流れを再検分してほしいものと願う。 その後、明日の講演の為に『開祖様の歩み』を紐解き、改めて心に刻む。 開祖様は大正14年、18歳より身を捨てて神の道に入られた。 昭和8年の三陸大津波までの8年間が自らを鍛え上げる修行期間となられた。 その後、教会、教団設立、宗教活動実践行に入られ、数多の人や御霊をお救いなされてこられた。 昭和24年、42歳の頃、宗教心理学の世界的権威者である福来友吉博士が奥様同伴で教祖様に会われ、 教祖様の霊媒、祈祷をご覧になり、当代随一の折紙をつけられ、後、大和教の最高顧問となられ、 講演や念写等、ご奉仕下されたと教団史年表にも記載されている。 睡眠も3時間も休めばよい程の超人的奉仕をなされてこられた。 偉大な神人であられた。 弟子等が如何せんの状でもあった。 私も開祖様の後姿を追い求め、その延長にの身上にて、布教教化の道開きに難行苦行の最中にあるは否めずであるが、 大神よりの大き試練と覚悟して、乗り越えねばないものと。 大国主大神が開教時に神宣下された『第一番の苦労を覚悟するか』の如く、 与えられた苦難を行として、その壁を突き破るしかないものと。 私のこれから十年の神隨ら人生に賭けてゆかねばないものと改めて覚悟すものである。 明日の講演の演題は『開祖様、神ながらの道に入る』とさせて頂いた。 小一時間の時間ではあるが、開祖様の歩みを少しく学びたいものと念ずる次第である。 新聞には『尹大統領罷免。大統領選60日以内』とあった。 トランプ大統領の相互関税策に世界中が困惑している。 日本はどうする、ではあるが、一面のみの政策に必ずや自国経済、 国民生活にもその代償が何らかの形で現わされることであろうが。 令和七年四月五日 教主 |
2025/04/05
カテゴリ: Miscellaneous :
執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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4月3日、自修行常の如し。 熊川君に開教祭の講演時、机を出すよう伝えると、今準備しているところですの返答がくる。 宜しくと労う。 また、私の演題も確認す。 「開祖様、神ながらの道に入る」と。 それでよしとした。 英君に仙道合本の令和6年度分と会費を送ったかを確認。 振込用紙に明細を書いて送付しましたと。 電話は入れたかに、かけておらずと。 すぐに電話しなさいと。 電話つながりて宜しくお願いしましたと。 これからは必ず電話をかけることを命ず。 午後からは随想記を夜7時過ぎまで書き続ける。 原稿用紙15枚程書き上げた。 金峯山寺さん、五條管長先生との御縁を。 次に禊流神道を学びし現代神道の会と石田博昭氏との出会いを。 そして、日本神学と主幹の中野裕道先生とのご縁を書いている。 明日も続けて書き記めねばないなと。 少し遅くなりしも、潔斎なし鎮魂に入る。 終りて書斎にて資料検分、感謝の祈りをなす。 翌4日、自修行常の如し。 朝より随想記を書き始め、15時には完結す。 3日を要した。内容は私の神ながらの道にての学ばせて頂きし方々との御縁を元にしての文言とさせて頂いた。 諸先生の多くは既に神上られてしまった。 私もそれだけ年輪を重ねたということであろうが。 それでも神上られし先生方を偲びて書き記めしは、私の神ながら人生の歩みに多くの方々の有り難きご縁を拝したることを。 そして、奇毘なる神々の、霊神のみちびきのあるを、信仰者の皆に書き置くものとさせて頂いた。 英君、弓さんより嬉しい報告があった。 夕刻よりは常の謹行に入る。 令和七年四月四日 教主 |
2025/04/03
カテゴリ: Miscellaneous :
執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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4月2日、自修行常の如し。 8時半頃、高齢者自動車免許更新の講習を受講すべく自動車学校に行く。 9時より11時半頃まで筆記4科目、視覚検査2点、実技と。 学科も実技も大分簡単になったという。 無事パスする。 違反行為があると少し面倒となることも教官は話されていた。 免許センターでの更新方法についても学んだ。 帰宅なし、教母も16日に講習会という。 免許更新の迷いもあったようだが、私の話を聞いて受講することにしたようだ。 総長に神典編集の繰り延べする旨をFAX指示す。 夕刻より潔斎、謹行に入る。 書斎にて資料検分、大国たよりの内容は春満開の記事となっている。 今日は終日雨模様の寒い一日となった。 今日の一日に感謝ではある。 令和七年四月二日 教主 |
2025/04/02
カテゴリ: Miscellaneous :
執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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3月31日、自修行常の如し。 9時半神社へ。 奥都城を拝し、特別室にて篤信者の方と担当教師に、これからの神事内容の詳細を紐解いた後、執行す。 1時間余の厳儀となる。 後、鏡君と水資源、原水槽等にて打合せす。 諸々の問題のあるを気づく。 田中君も祈祷を終えて、明日の教化会議の打合せす。 これまでの会議の不足点を知るものとなった。 明日の運営方針を定めることができた。 新聞に『ミャンマー72時間迫る。地震死者1,700人、1邦人不明』と。 大変な事態となった。 また『金沢に記念館計画破綻。1932年のテロ実行犯韓国英雄・尹奉吉。抗議活動が激化。市、関知できず』と。 この如きを知り得ぬ役所の仕組みなのであろうか。 全てに無防備の我が日本ではある。 翌1日、自修行常の如し。 神社では5時半より月始祈願祭が嗣親斎主にて斎行された。 9時半より教化会を開会する。 私が座長となりて3時間程教導する。 教化目標推進が停滞している状を脱却、伸展すべく助勤体制の沿革を図った。 昼食後は助勤者と担当教師の打合せを密にするを教導す。 明日は運転免許の高齢者講習会を受講せねばない。 令和七年四月一日 教主 |
2025/03/31
カテゴリ: Miscellaneous :
執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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3月29日、自修行常の如し。 9時半神社へ。 奥都城を拝す。 10時半より秋田から来られた篤信者の方と特別室にて今日の神事の内容をお話す。 後、熊川君祭員にて執行、2時間を要す儀式となる。 夫婦にて夫々拝神をなしているとか。 拝めば必ず救われることを改めて諭す。 大和帰神詞の一節を読み説き、祈りの言葉の尊き稜威を解説す。 必ずや心願は叶うものと信念すものである。 翌30日、自修行常の如し。 9時半神社へ。 奥都城を拝し、祈祷殿へ。 神座確認、11時前より1時間余程の神儀執行す。 厳しい動きはなく坦々と執行させて頂いた。 館教務支庁に戻りて、拝神なし、身支度を解く。 執務座に座して、明日の特別神事の祈り詞を粗書きし、折本に清書す。 この如き作業より御霊との交霊が始まる。 御霊の想いを感応しながらの文筆となる。 明日は御霊の喜びし神儀となるを感得すものである。 昨日より教報4月号の修正に入り、今日も神社特別室にて検分、校正、帰庁して再修正、FAXす。 随想記も5月号分も書き記めねばない。 米国がウクライナに鉱物資源の条項に厳しき条件が追記されたとのこと。 自分さえ、自国さえ良ければの考えをゴリ押しなして呑ませるのかと。 弱い立場のウクライナを更に弱体化させるのであろうか。 車の関税、日本車にも25%科すという。 一つの策が自国民の生活をおびやかすことになろうことを知らずかやであるようだ。 令和七年三月三十日 教主 |
2025/03/28
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執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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3月26日、自修行常の如し。 午前中事務遂行、本田君11時過ぎに弔辞奉製のもの持参す。 綺麗な仕上げを労う。 午後より田中君随行にて出かける。 車内で嗣親が強風にて新幹線運転停止中で、乗車はしたが車内待機という。 今晩の品川家通夜祭の斎主は出来得ずとなる。 熊川祭儀部次長が執行せざるをえずかと。 今晩中に帰仙できればよいがとも。 3人の教師より夫々朗報が届く。 もう一息だ、頑張れと檄す。 朝方、我が支庁にウグイスの声を聞く。 庭に寒緋桜が満開となる。 毎年、2月と4月に2度咲くのだが、今年はかなり遅く咲いたことになる。 一度で終りかとも。 天候不順で四季の巡りに異変大となっているものとも。 翌27日、自修行常の如し。 8時45分頃、書斎で資料検分中、嗣親が来て、昨日は8時過ぎの新幹線に乗り、強風にて列車内に11時間閉じ込められたとか。 午後10時前に帰宅したという。 通夜祭は熊川祭儀部次長が横尾君、本田君祭員にて立派に儀式を斎行、雅之君に教えを頂いた感謝を述べたという。 今日は10時に総長、総裁一家5人にて相馬の葬祭会館に向う。 11時半頃に着。 教務部長が待ってくれていた。 昨日の通夜祭にも信者さんと参列されたという。 品川弓さんのお姉さんも紹介して頂いた。 12時定刻に、嗣親、祭儀部次長、教化部次長、本田君にて斎行される。 大和神葬祭の尊さを感応すものである。 儀式後、御霊前にて弔辞を奉読、奉呈させて頂く。 良きにつけ悪しきにつけ愛すべき人間であった。 儀式前に品川弓さんに少し別室にてお話をお聞きした。 涙乍らの姿に悲しみの深さを知るものであった。 父を早くに先立たれ、3年前に母を亡くし、そして今、夫を亡くした。 心丈夫に信者さんの為に、そして教団の為により一層の神明奉仕に精進して頂きたいものと。 それが夫雅之之命への報恩感謝であるを信念して頂きたいものと、切に乞い希う次第である。 雅之之霊神のご冥福を祈るものである。 令和七年三月二十七日 教主 |
2025/03/26
カテゴリ: Miscellaneous :
執筆者: taiwa2 (12:00 am)
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3月25日、自修行常の如し。 品川雅之君の弔辞の原稿を書き始めると、涙溢るるを禁じ得ずとなる。 書き終えて、折本に記め奉読を始めると涙が止まらなくなる。 雅之君が私に下りてきたようだ。 御霊は生きているを如実に実感させて頂いた。 折本の清書奉製を本田君に託すべく手配す。 朝方に教務部長より、昨晩私の指示に従い教師の人にお話しましたと。 そして、篤信者さんから2柱の帰神墓の申し込みを賜りましたとの報告もあり。 有り難きことである。 5月7日には第二期の帰神墓埋納祭が予定されている。 数多の御霊をお救いさせて頂きたいものと念ずる次第である。 新聞には『内閣支持13.9ポイント急落30.4%。商品券納得せず7割超』とあった。 都議選、参議員選に自民党は大き打撃を蒙ることになりそうである。 起死回生の一打が必要である。 愛媛、岡山の山火事も延焼している。 心配ではある。 令和七年三月二十五日 教主 |