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教主様のお言葉 - 最新エントリ
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最新エントリ
2016/08/01
カテゴリ: Miscellaneous : 

執筆者: taiwa2 (12:00 am)
7月21日に出羽三山表敬・神恩感謝の参詣後より、本教三山万人講の復活プランが次々と湧き出た。

出羽の神々の誘いをも強く拝するものでもあるが、

先の平和祈念串神業の教化立案と共に三山万人講復活の立案が形成されてきた。

殊に24日の鎮魂より日数を重ねるごとにその点描は明らかな絵図となった。

31日にようやく立案書の作成が叶った。

8日を要したことになる。

この間、28日、30日、31日と三山登拝に出立、無事帰山をみている。

山形教会所属の井上定雄さんが、80歳を超えるも連続55年の登拝掛を成満された。

三山神社の宮野宮司よりも貴賓室にて殊の他の祝意を頂いたという。

井上さんにとっても生涯の喜びとなったものであろう。

この他にも50年登拝者がお二人おられたようだ。

有り難きことである。

開祖様は三山登拝を『我が大和の心づくりの道場である』とも教導され、88周年を数えている。

教えに照らし、より深き厚き行事に進化させていかなければと心新たにするものであった。



         平成二十八年七月三十一日 教主
2016/07/27
カテゴリ: Miscellaneous : 

執筆者: taiwa2 (12:00 am)
7月26日午前2時45分頃、相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」にて

刃物で刺され19人が死亡、26人が負傷、うち13人が重傷との報道があった。

元職員26歳の植松聖なる者が容疑者として捕まったようだ。

『障害者なんていなくなってしまえ』と供述しているという。

衆議院議長に予告の手紙も出していたようだ。

このような精神の歪みし者が何食わぬ顔で生活していることが恐ろしい。

テロの恐怖、そして異常者の恐怖である。

宗教者としてこのような者を救えぬ我が身の悲しさと、怒りと憤りが湧き出てきた。

何の罪もなき人を殺めるなど決して許されるものではない。

このような人間を育ててはならぬを覚悟するものである。

8時過ぎに山形教会の神壇を検証すべく出立した。

見事な神棚の造りと神座であった。

上山道場への遷座の準備を心して進めねばない。

山田工務店さんの誠実なる知恵に感謝である。



        平成二十八年七月二十六日 教主
2016/07/25
カテゴリ: Miscellaneous : 

執筆者: taiwa2 (12:00 am)
7月24日未明の鎮魂にて、来年の三山登拝の再生復活の方策が

9割方まとまりしみちびきに感謝するものである。

数日来の思念思考が御神導にて整理整頓されたは実に有り難きではある。

必ず大きな動きとなるであろうことを信念するものである。

今朝も第二班が出立した。

道中の無事を重ねて乞い祈むものである。



          平成二十八年七月二十四日 教主
2016/07/24
カテゴリ: Miscellaneous : 

執筆者: taiwa2 (12:00 am)
7月23日、いよいよ本年の三山夏山登拝行事が開催された。

本年は宿での挨拶文は統理に委譲した。

一つひとつそれなりの時機に神許の下、委ねることにしている。

一千日大行の中にて登拝者の安全祈願を執行するものである。

この行事は残念ながら年々厳しさが増すばかりではあるが、

私の心には再生復活の光明の御神光が灯り始めている。

来年の立教60周年と共に、三倍増の参加者となるごとの構想が

ほぼ組み立てられている。

これも行徳というものであろうと感謝したい。

この日は午前に特別鎮魂と秘神事を奉行させて頂いた。

癌に侵されし人、家族不仲の人たちの円満なる解決を願いての神事である。

祈蹟が奇蹟を生ずるの霊験を顕わして頂きたいものと祈り上げるものである。



         平成二十八年七月二十三日 教主
2016/07/22
カテゴリ: Miscellaneous : 

執筆者: taiwa2 (12:00 am)
7月21日、出羽三山神社を表敬、参拝をさせて頂いた。

夏山登拝に先がけて、神恩感謝の参拝である。

宮野宮司さんと一時間程親しくお話をさせて頂いた。

参拝奉名帳に毛筆にて記むる。

合祭殿にて正式参拝を申し上げ、夏山登拝の再生復活するを祈念した。

この後、権宮司の阿部先生の接待を斎館にて受け、

御神酒を賜り精進料理を美味しく頂き、楽しい談となった。

来年3月8日の教団創立60周年記念の参拝をお約束申し上げお別れした。

帰路、上山道場の改修工事の現場に立ち寄り、

状況を検分、諸々の確認や変更指示をした。

拝所分も開放的となりよいものとなりそうである。

8月25日までには完成の突貫工事ではある。

御神助あれと祈らむ。



         平成二十八年七月二十一日 教主
2016/07/21
カテゴリ: Miscellaneous : 

執筆者: taiwa2 (12:00 am)
7月20日、秋田・横手の信者宅での特殊神事による御祓いに出向した。

道中、雨が落ちたり晴れたりの天候の中、3時間余にて到着した。

自宅の隣地にクリニックも開院されており、二軒の御祓いを執行した。

4月頃に大國神社に来られ家族全員の『みちひらき』の特別火祭祈祷を行った。

患者さんも増え、医大生も返済なき奨学資金を受けられることになったようだ。

次々と道の開きしを感謝されていた。

担当教師は是非にも大和の庭を開きたいとの心を持っているようである。

帰路、雄勝の小町園にて昼食を頂いた。

随行3名、夫々学びもあったことと思うものである。



         平成二十八年七月二十日 教主
2016/07/19
カテゴリ: Miscellaneous : 

執筆者: taiwa2 (12:00 am)
7月18日午前1時半起床。潔斎なし、鎮魂を行ずる。

4時半に神社へ出立。手水舎前にはすでに統理以下参行者が整列していた。

埼玉県の秩父、秋田、東京からの参行者もあった。

5時より巡拝行が執行され、薄霧のかかる参道を粛々と進む。

遠神恵給の神言が境内地に木霊する。

ご本殿にて祈念行の祈り詞を白し、大和の神々の御神名を称う。

次第に感極まりなき状となる。

全山の72社を巡り、83柱の神々を称え祈念した。

2時間半の祈念・御神名奉称行を行修させて頂いた。

汗を流し着替えて、8時より特別講演をもって、

これよりの布教活動の真柱を樹立すべく力強く語った。

平成29年10月22日の立教60周年祭に向けて、大和聖願達成成就を乞い祈みてである。

私も一千日大行は来年5月14日をもって行満となる。

これからの300日、更に厳しき神々のみちびきのあらんことを覚悟するものである。

御神導、御神助あれと乞い祈む次第である。

我と共に祈り行ぜし教信奉者に感謝するものである。



         平成二十八年七月十八日 教主
2016/07/18
カテゴリ: Miscellaneous : 

執筆者: taiwa2 (12:00 am)
7月15日、16日、17日と立教60周年に向けての布教実践の真柱を立てるべく、

思念・思考の発露にての方策をまとめ、鎮魂祈念を繰り返す。

次第に神霊想念界にその絵図が描かれてくる。

弱き形が鮮明なる象となって顕現されしごとは誠に有り難きことであった。

急ぎ18日の700日祈念行の後に一時間程の特別指導講演を指示した。

不思議なる力が漲りし我れを観ぜしものであった。

三山登拝行事も間もなくであるが、なかなか人数がまとまらぬようではあるが、

これからの展開に期待するものである。

年に一度の三山神社表敬参拝にての宮司さんとの面談は7月21日となった。



         平成二十八年七月十七日 教主
2016/07/15
カテゴリ: Miscellaneous : 

執筆者: taiwa2 (12:00 am)
7月14日、「天皇陛下生前退位」の報道がなされた。

私は東日本大震災後の年より、天皇皇后両陛下への衷心よりの感謝の誠をお捧げするべく

『皇居勤労奉仕団』を結団、ご奉仕をさせて頂いてきた。

本年、満71歳となり、年齢制限の75歳まではあと4年となった。

両陛下の慈しみを私は生涯、宗教人としてのお守りとさせて頂いている。

これからもこの心は変わることはない。

皇室典範の改正も今後議論されるであろうが、

過ちなく進めて頂くことを乞い祈む次第である。



         平成二十八年七月十四日 教主
2016/07/13
カテゴリ: Miscellaneous : 

執筆者: taiwa2 (12:00 am)
7月12日、『百萬願百萬本神業』について鎮魂をすると、

これまでの考えとは違い深きと厚みを感得するものであった。

この神業を達成すべく智恵が次々と神示されるに驚嘆する自分がいた。

我が身を体して、大和神道の神髄ともなる。

『生活と信仰の一体化の実践』である。

生活の中に『祈りと感謝と奉仕の生活を実践する』ということが、

如何に為せば成るかを明確に悟證すものであった。

これまで当たり前に説いてきたことが、如何に薄っぺらであったのかを思い覚るばかりの験證でもあった。

教主として恥ずかしきことではあった。

過ぐる日は感謝の心を造る実践法を授かり、そして此度は奉仕の実践法を授けられた。

何とも浅き実践、心なき実践であったことであろう。

教義の知識上でのこれまでであった。

これからは実体験、実践上よりのものを感応、感体を得た。

我が身、我が心の満足を確信するものであった。

ここにたどり着くには三十有余年の年月を要した。

いよいよこれからである。

いっときにて我が教勢は開花するものと確信に至るものであった。



         平成二十八年七月十二日 教主

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